札幌と新千歳空港の間に位置する北海道北広島市。その南側、恵庭市との境に近い島松地区に、北海道開拓の歴史を今に伝える貴重な建物があります。
それが、国指定史跡「旧島松駅逓所(きゅうしままつえきていしょ)」です。
木造の駅逓所建物だけでなく、敷地内にはクラーク博士の記念碑、「寒地稲作この地に始まる」の碑、明治天皇ゆかりの御膳水の井戸、蓮池など、北海道の歴史を語るうえで重要な史跡が数多く残されています。
実際に歩いてみると、「古い建物を1棟見る場所」というより、北海道の交通・農業・開拓・教育の歴史が一つの場所に集まっている史跡という印象でした。
今回は街角タイムス取材部が現地を訪れ、旧島松駅逓所の見どころを写真付きで詳しく紹介します。
旧島松駅逓所とは?
「駅逓所(えきていしょ)」とは、交通がまだ十分に整備されていなかった時代に、駅舎と人馬を備え、旅人の宿泊や荷物の運送、人馬の継立などを担っていた施設です。
北海道内にはかつて延べ600か所以上の駅逓所があり、開拓期の交通や物流を支えていました。しかし、1947年(昭和22年)に駅逓制度が廃止され、現在ではその多くが姿を消しています。
島松駅逓所は1873年(明治6年)、札幌本道の開通に伴って設置された官設駅逓所を起源とします。
現在残る旧島松駅逓所は、北海道開拓史を知るうえで特に重要な遺構として、1984年(昭和59年)7月25日に国の史跡に指定されました。現存する駅逓所としては道内最古とされています。

建物の正面には「国史跡 旧島松駅逓所」と記された表示も確認できます。

2026年に保存修理を終えてリニューアルオープン
旧島松駅逓所は、建物の老朽化などに対応するため2024年から大規模な保存修理工事が行われていました。
耐震補強、屋根のふき替え、防災設備の整備などが実施されたほか、建物内部の展示も一新。2026年4月28日にリニューアルオープンしています。
つまり今回撮影した写真は、保存修理後の旧島松駅逓所の姿です。
歴史ある外観を残しながら、将来にわたって保存していくための整備が行われています。
中山久蔵が駅逓取扱人を務めた場所
旧島松駅逓所を語るうえで欠かせない人物が中山久蔵(なかやまきゅうぞう)です。
中山久蔵は1828年に河内国、現在の大阪府で生まれました。1871年(明治4年)に島松へ入り、1873年には現在の北広島市島松へ移住しています。
1884年(明治17年)から島松駅逓所の4代目駅逓取扱人となり、1897年(明治30年)の駅逓所廃止まで運営にあたりました。
しかし、中山久蔵が北海道史に残した最大の功績は、駅逓所だけではありません。
中山久蔵は「寒地稲作の祖」
明治時代初期、北海道の道南より北では、寒さのため安定した米作りは難しいと考えられていました。
そこで中山久蔵は、道南の大野村、現在の北斗市から寒さに比較的強い「赤毛」という稲の種もみを取り寄せて試作を開始します。
暖水路などを工夫しながら栽培を続け、1873年(明治6年)に稲作に成功しました。
さらに1879年(明治12年)からは希望する開拓農民へ種もみを無償で配布し、北海道各地への稲作普及にも大きく貢献しました。
現在の「ゆめぴりか」や「ななつぼし」などの北海道米にも、この赤毛につながる系譜があります。
「寒地稲作この地に始まる」の碑
史跡内には、中山久蔵の功績を伝える
「寒地稲作 この地に始まる」
と刻まれた記念碑があります。

この碑は北広島の開村80周年を記念し、1964年(昭和39年)に建てられたものです。
「Boys, be ambitious」の舞台は旧島松駅逓所
旧島松駅逓所が全国的にも知られるもう一つの理由が、W・S・クラーク博士です。
札幌農学校、現在の北海道大学の初代教頭を務めたクラーク博士は、約9か月の任期を終え、1877年(明治10年)4月16日に札幌を離れました。
学生や職員たちが島松まで見送りに同行し、この地で別れる際に残したと伝えられているのが、
「Boys, be ambitious(青年よ、大志を懐け)」
という有名な言葉です。
札幌の北海道大学構内にあるクラーク像が有名ですが、この言葉を残した舞台とされる場所は現在の北広島市島松です。
クラーク博士記念碑
史跡内には、クラーク博士と学生たちとの別れの場所を記念する大きな記念碑があります。

記念碑には英語で「BOYS BE AMBITIOUS」と刻まれ、その下には日本語で「青年よ大志を懐け」と記されています。
旧島松駅逓所へ来たら、建物と並んで必ず見ておきたいスポットです。

明治天皇も立ち寄った旧島松駅逓所
旧島松駅逓所はクラーク博士だけでなく、明治天皇ゆかりの場所でもあります。
1881年(明治14年)9月、明治天皇が北海道を巡幸した際、中山久蔵宅が行在所となり、ここで昼食・休憩を取られました。
敷地内には現在も、その歴史を伝える史跡や石碑が残っています。
明治天皇島松行在所の碑
木々に囲まれた一角には「明治天皇島松行在所」と刻まれた石柱があります。

駐蹕處(ちゅうひつしょ)の碑
さらに奥へ進むと「駐蹕處」と大きく刻まれた石碑があります。
「駐蹕」は、天皇が行幸の途中で一時的に滞在することを意味する言葉です。


敷地内には説明板もあり、現地で碑の由来を確認できます。

明治天皇ゆかりの「御膳水の井戸」
個人的に興味深かったのが、敷地内に残っている御膳水の井戸です。
現地案内によると、1881年(明治14年)の明治天皇北海道巡幸時、中山家が御昼行在所となった際に使用された井戸です。
明治6年に作成された絵図にも井戸が記載されており、非常に古くからこの地で使われていたことが分かっています。

井戸の横には、その由来を紹介する説明板があります。

石造蔵品庫も残る
木々の中には、小さな石造りの建物も残されています。
これは石造蔵品庫です。
1927年(昭和2年)に建てられ、明治天皇が島松行在所で使用した什器などを収納するために造られました。かつて収納されていた品々は、劣化などのため現在は残っていません。

中山久蔵と蓮池
中山久蔵は稲作だけに取り組んでいたわけではありません。
果樹栽培や養鯉などにも挑戦し、蓮の栽培では1878年(明治11年)に良好な結果を得ています。
1889年(明治22年)には、ここ島松で育ったハスの根が北海道庁の池へ移植されました。
現在の旧島松駅逓所にも蓮池が復元されています。

史跡内には数多くの石碑が残る
旧島松駅逓所を散策すると、歴史を伝える石碑が想像以上に多いことに気付きます。
中山久蔵翁頌徳記念碑
寒地稲作を成功させた中山久蔵の功績を称えるため、大正時代に建立された記念碑も残されています。
発起人には、北広島の開拓史に深く関わる和田郁次郎らが名を連ねました。

御大禮記念碑
史跡周辺には「御大禮記念碑」も残されています。
これは昭和天皇の即位を祝い、1928年(昭和3年)に建立されたものです。

北海道指定史跡だった歴史も残る
国の史跡となる以前、島松駅逓所跡は北海道指定史跡にも指定されていました。
その時代の説明板も史跡内に残されており、この場所が長年にわたって保存されてきたことが分かります。

史跡全体を歩いて見学するのがおすすめ
旧島松駅逓所は、建物だけを見て帰ってしまうともったいない場所です。
主屋の周囲に蓮池、井戸、石碑、記念碑などが点在しており、園路を歩きながら一つずつ見学できます。

建物の背後や木々の中にも史跡があるので、時間に余裕を持って歩くのがおすすめです。
旧島松駅逓所の開館時間・入館料
2026年度の旧島松駅逓所は、4月28日から11月3日まで開館しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 北海道北広島市島松1番地 |
| 2026年開館期間 | 4月28日~11月3日 |
| 開館時間 | 10:00~17:00 |
| 休館日 | 月曜日(祝日を除く)、祝日の翌日 |
| 大人 | 200円 |
| 小・中学生 | 100円 |
| 団体料金 | 大人150円、小・中学生70円(20人以上) |
| 問い合わせ | 北広島市エコミュージアムセンター |
2026年の最新開館情報・料金は北広島市教育委員会が案内しています。季節開館の施設なので、冬季に訪れる際は特に注意してください。
旧島松駅逓所の駐車場
旧島松駅逓所の前には来館者用の駐車スペースがあります。
現地には「国史跡 旧島松駅逓所」「駐車場・トイレ入口」と書かれた案内板も設置されているので、初めて訪れる場合はこちらを目印にすると分かりやすいでしょう。

道路側から見ると、木造の旧島松駅逓所がよく見えます。

旧島松駅逓所へのアクセス
車の場合は、道央自動車道・北広島ICから国道36号を千歳方向へ約8km、約15分。
輪厚スマートICからは約5km、約10分です。
公共交通機関では、北海道中央バス千歳線の「島松ゴルフ場」または「島松沢」で下車し、徒歩約10分となっています。
JR北広島駅からタクシーで約20分、JR島松駅からは約10分です。なお、JR北広島駅・JR島松駅から旧島松駅逓所へ直接向かう路線バスはありません。
「Boys, be ambitious」だけではない旧島松駅逓所
旧島松駅逓所を訪れる前は、クラーク博士の「Boys, be ambitious」で知られる場所というイメージが強いかもしれません。
しかし実際に現地を歩くと、この場所の歴史はそれだけではありません。
北海道の交通を支えた駅逓制度、寒地稲作を成功させた中山久蔵、明治天皇の北海道巡幸、クラーク博士と札幌農学校の学生たちとの別れ、そして北海道の農業発展――。
北海道開拓史のいくつもの重要な出来事が、この一か所でつながっています。
特に「寒地稲作 この地に始まる」の碑とクラーク博士記念碑が同じ敷地内にあることは、実際に訪れてみると非常に印象的です。
2026年には保存修理を終えてリニューアルオープンしたばかり。北広島市で歴史に触れられる場所を探しているなら、ぜひ訪れてほしい史跡です。
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