北海道北広島市にある「廣島神社」へ、街角タイムス北海道が実際に行ってきました。
大きな鳥居をくぐると、街中とは思えないほど緑に包まれた境内が広がります。廣島神社は、北広島の開拓の歴史とも深い関わりを持つ神社です。
境内には社殿だけでなく、開拓当時の歴史を伝える案内板や開村記念碑などもあり、参拝するだけでは気付かない北広島の歴史を知ることができます。
今回は実際に境内を歩きながら、廣島神社の歴史、大鳥居、社殿、境内の石碑などを写真付きで紹介します。
廣島神社とは?北広島市にある歴史ある神社

北海道北広島市にある「廣島神社」。
「広島神社」と検索する人も多いと思いますが、社殿に掲げられている名称や現地の案内では、旧字体を使用した「廣島神社」と表記されています。
実際に訪れてまず印象的だったのが、境内入口に立つ大きな鳥居です。
青空と大きな木々に囲まれた鳥居をくぐると、その先に廣島神社の社殿が見えてきます。
北広島市内にありながら境内は緑が多く、鳥居を境に周囲の雰囲気が少し変わるように感じられました。
廣島神社は北広島の開拓と深く関係している

廣島神社を紹介するうえで欠かせないのが、北広島市の開拓の歴史です。
境内に設置されている北広島市教育委員会の案内によると、廣島神社の始まりは明治時代までさかのぼります。
北広島開拓の祖として知られる和田郁次郎が、明治16年(1883年)に北海道へ渡る際、伊勢神宮に立ち寄って開墾農事の成功を祈願しました。
その際に村の守護神として分祀を受け、翌年、小さな祠を建てたことが廣島神社の始まりとされています。
単なる地域の神社というだけではなく、北広島の開拓とともに歩んできた場所なのです。
開拓者たちの「心の拠り所」となった廣島神社
北海道の開拓は、現在から想像する以上に厳しいものだったことでしょう。
境内の案内板には、和田郁次郎が移住者たちが安心して定住できるよう、心の拠り所として廣島神社の建立と発展に力を注いだことが記されています。
土地を切り拓き、新しい生活を始める人々にとって、神社は単に参拝する場所ではなかったのかもしれません。
人が集まり、地域のつながりを確認する場所としても大きな意味を持っていたことが想像できます。
明治19年に本社殿を造営
最初は小さな祠から始まった廣島神社。
その後、仮社殿を経て、明治19年(1886年)には本社殿が造営されたことが現地の案内板に記されています。
【写真:IMG_8896 廣島神社の古い写真】
境内には、明治43年以降の廣島神社の写真も紹介されています。
現在の境内とは雰囲気が違いますが、大きな鳥居の奥に社殿が建つ基本的な構成は今にも通じるものがあります。
100年以上前、この場所を人々が歩いていたと考えると、廣島神社の歴史の長さを感じます。
現在の廣島神社の社殿
木々の中に現れる立派な社殿
大鳥居から境内を進んでいくと、木々の間から廣島神社の社殿が現れます。
【写真:IMG_8886 廣島神社の社殿】
白い壁と濃い色の大きな屋根が特徴的な社殿です。
訪れた日は天気もよく、周囲の緑と青空、社殿の白色のコントラストがとてもきれいでした。
派手な観光施設という雰囲気ではなく、地域の神社らしい落ち着いた空気があります。
現在の社殿は昭和55年に造営

現地の案内によると、現在の社殿は昭和55年(1980年)に造営されたものです。
廣島神社そのものの歴史は明治時代までさかのぼりますが、現在見られる社殿はその歴史を受け継いで建てられています。
正面には大きなしめ縄が張られ、紫色の幕が印象的です。
社殿正面には「廣島神社」の額

社殿を見上げると、「廣島神社」と書かれた額を見ることができます。
ここでも「広島」ではなく、旧字体の「廣島」が使用されています。
インターネットでは「広島神社」と検索されることもありますが、現地を訪れた際はぜひ社殿上部の文字にも注目してみてください。
夏の廣島神社は風鈴が涼しげ
今回訪れたのは夏。
社殿周辺にはたくさんの風鈴が飾られていました。

青空の下で揺れる風鈴と歴史ある社殿の組み合わせは、夏らしい風景です。
風が吹くたびに感じられる涼しげな雰囲気も印象に残りました。

境内の手水には花が浮かべられており、その周囲にも風鈴や夏らしい装飾がありました。
神社というと少し堅い印象を持つ人もいるかもしれませんが、季節を感じられる工夫がされているのも廣島神社の魅力です。
※装飾内容は季節や時期によって変更される可能性があります。
廣島神社の境内には北広島の歴史を伝える石碑がある
廣島神社を訪れたら、参拝だけで帰らず境内を少し歩いてみるのがおすすめです。
境内には、北広島の歴史を伝える石碑や記念碑がいくつもあります。
開村記念碑

境内で目を引く大きな石碑のひとつが「開村記念碑」です。
そばには説明板が設置されています。

説明板には、明治4年から大正11年5月23日の広島村開村までの歩みが記されています。
現在では「北広島市」という名前ですが、その歴史をたどっていくと「広島村」という名称に行き着きます。
廣島神社と北広島という土地との関係を知るうえでも興味深い資料です。
境内には慰霊碑も

境内の木々の中には大きな石造りの慰霊碑もあります。
静かな木立の中にたたずむ姿からは、長い年月にわたり地域の人々がこの場所を大切にしてきたことが感じられます。
廣島神社は単なる参拝スポットというより、地域の記憶が残された場所ともいえそうです。
歴史を刻んだ大きな碑

境内には文字が刻まれた大きな石碑もあります。
木々に囲まれた場所に静かに立ち、境内を歩いていると自然に目に入ってきます。
こうした石碑をひとつずつ見ていくと、北広島という街が現在の姿になるまでに積み重ねてきた歴史を感じることができます。
廣島神社を実際に歩いて感じたこと
今回、街角タイムス北海道として実際に廣島神社を訪れて最も印象に残ったのは、「神社」と「北広島の歴史」が非常に近い場所にあることでした。
参拝だけならそれほど長い時間はかかりません。
しかし、境内にある、
・廣島神社の歴史案内
・昔の神社の写真
・開村記念碑
・慰霊碑
・その他の石碑
などをじっくり見て回ると、北広島の成り立ちまで知ることができます。
普段何気なく使っている「北広島」という地名も、その背景を知ってから街を歩くと少し違って見えるかもしれません。
緑が多く落ち着いた廣島神社の境内

廣島神社の境内には大きな木が数多くあります。
今回訪れた夏は木々の葉が生い茂り、境内には木陰ができていました。
青空が見える明るい場所と、木々に囲まれた静かな場所が混在しています。
北広島市内にありながら、境内へ入ると少しだけ日常から離れたような感覚になります。
大きな観光地を巡るのとは違い、ゆっくりと地域の歴史に触れたい人に向いている場所です。
廣島神社は北広島の歴史散策にもおすすめ
エスコンフィールドHOKKAIDOの開業以降、北広島市を訪れる人は大きく増えました。
北広島というと現在はFビレッジやエスコンフィールドを思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、その街がどのように始まり、どのように発展してきたのかを感じられる場所のひとつが廣島神社です。
最新の北広島を楽しむだけでなく、昔の北広島にも目を向けてみると、この街をより深く楽しめます。
街歩きや歴史散策が好きな人にもおすすめしたいスポットです。
廣島神社はこんな人におすすめ
廣島神社は特に、
・北広島市の神社を探している人
・北広島の歴史を知りたい人
・地域の歴史や開拓史に興味がある人
・落ち着いた場所で参拝したい人
・北広島を街歩きしている人
・北海道の開拓史に興味がある人
・地域の神社や史跡巡りが好きな人
におすすめです。
観光地を次々と回るというより、境内をゆっくり歩きながら歴史を感じる楽しみ方が似合う神社です。
廣島神社の施設概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 廣島神社 |
| 読み方 | ひろしまじんじゃ |
| 所在地 | 北海道北広島市 |
| 主な見どころ | 大鳥居、社殿、開村記念碑、歴史案内板、境内の石碑 |
| 創建の始まり | 明治17年頃、小さな祠が建てられたことに始まる |
| 本社殿造営 | 明治19年(1886年) |
| 現在の社殿 | 昭和55年(1980年)造営 |
| 関連人物 | 和田郁次郎 |
| 特徴 | 北広島の開拓と深く関係する神社 |
※参拝時間や社務所の対応、行事などについては時期によって異なる場合があります。
廣島神社の御朱印について
「廣島神社 御朱印」で調べてから訪れる人もいると思います。
御朱印や授与品については、時期や社務所の対応状況によって変わる可能性があります。
御朱印を目的に訪問する場合は、参拝当日に社務所で受付状況を確認するのが確実です。
廣島神社の駐車場について
車で廣島神社を訪れる場合は、現地の案内や周辺の交通状況を確認して利用してください。
特に祭事や行事が行われる日は通常時と状況が変わる可能性があります。
路上駐車や近隣施設への無断駐車はせず、現地の案内に従いましょう。
廣島神社を訪れるときの注意点
廣島神社は現在も地域の人々が参拝する神社です。
観光目的で訪れる場合も、
・参拝者の邪魔にならない
・社殿内など撮影不可の場所では撮影しない
・境内の石碑や建物に触れて傷付けない
・ゴミを持ち帰る
・大声で騒がない
など、基本的なマナーを守って参拝しましょう。
現地取材を行う街角タイムスでも、地域の方が大切にしている場所であることを意識して取材しています。
よくある質問
廣島神社はどこにある?
廣島神社は北海道北広島市にある神社です。
北広島の開拓の歴史とも深い関係を持っています。
廣島神社と広島神社は同じ?
この記事で紹介している神社では「廣島神社」という旧字体の表記が使われています。
インターネット検索では「広島神社」と表記して検索する人もいます。
廣島神社はいつからある?
現地の案内では、開拓の祖・和田郁次郎が明治16年(1883年)に北海道へ渡る際に伊勢神宮で開墾農事の成功を祈願し、分祀を受けたことが始まりとされています。
翌年に小さな祠が建てられ、その後、明治19年(1886年)に本社殿が造営されました。
現在の廣島神社の社殿はいつ建てられた?
現在の社殿は昭和55年(1980年)に造営されたものと現地案内板に記載されています。
廣島神社には歴史資料がある?
境内には廣島神社の歴史を紹介する案内板のほか、古い神社の写真、開村記念碑などがあります。
参拝と一緒に見て回ると北広島の歴史も学べます。
まとめ|廣島神社は北広島の始まりを感じられる歴史ある神社
北海道北広島市にある「廣島神社」は、北広島の開拓と深い関わりを持つ歴史ある神社です。
明治16年(1883年)、開拓の祖・和田郁次郎が北海道へ渡る際に伊勢神宮で開墾農事の成功を祈願し、その後に小さな祠が建てられたことから廣島神社の歴史が始まりました。
現在の境内には大きな鳥居と社殿があり、その周囲には開村記念碑や歴史案内板なども残されています。
今回実際に歩いてみると、単に神社を参拝するだけではなく、「北広島という街がどのように始まったのか」を知ることができる場所だと感じました。
エスコンフィールドなど新しい街づくりが進む北広島だからこそ、昔の北広島にも目を向けてみると街の見え方が変わります。
北広島を訪れた際には、地域の歴史を今に伝える「廣島神社」へ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
