北海道三笠市で、新桂沢ダムの取材を終え、市内へ戻る途中のことでした。
道路沿いに、赤い三角屋根が長く続く建物が見えてきました。
「あの赤い屋根の建物は何だろう?」
少し気になったので、道路側から写真を撮っておくことにしました。
建物は横に長く、屋根の上にはいくつもの煙突が並んでいます。
周囲には背の高い草が生え、赤い屋根の一部は色が変わり、年月を重ねてきたことが感じられました。
そのときは、建物の詳しい歴史までは知りませんでした。
ところが、取材後に調べてみると、これらはかつて三笠の炭鉱で働く人々が暮らしていた「弥生地区の炭鉱住宅」だったのです。
北海道の公的資料では、1960年代後半から建てられた住宅として紹介されていました。
三笠には炭鉱の坑口や立坑櫓、変電所など、石炭産業に関わる施設が残されています。
しかし、炭鉱で働く人々が暮らしていた住宅もまた、その歴史を伝える大切な存在です。
今回は、新桂沢ダムからの帰り道に偶然見つけた弥生地区の炭鉱住宅を、現地で撮影した写真とともに紹介します。
※2026年秋、敷地外から撮影しています。住宅の敷地内には立ち入っていません。
弥生地区の炭鉱住宅とは?
三笠市の弥生地区は、かつて石炭産業によって発展した地域です。
北海道空知総合振興局の「そらち炭鉱(やま)の記憶をめぐる」では、弥生地区に残る炭鉱住宅が紹介されています。
資料によると、住宅は1960年代後半から建てられたもので、赤い三角屋根と、複数の住戸が連なる建物の形が特徴です。
1棟6戸建てで、それぞれの住戸に中2階が設けられていたと説明されています。
また、煙突の形状が独特なことも特徴の一つです。
今回、何気なく撮影した建物には、まさにこうした特徴が残っていました。
炭鉱で働く人々とその家族が暮らしていた
三笠市は、明治時代から昭和にかけて石炭産業によって発展してきました。
かつて市内には幌内炭鉱、幾春別炭鉱、奔別炭鉱などがあり、多くの人々が石炭の採掘や関連する仕事に従事していました。
炭鉱の周辺には、働く人々やその家族のための住宅が建てられ、町が形成されていきました。
弥生地区の炭鉱住宅も、そうした炭鉱町の暮らしを伝える建物です。
三笠ジオパークでは、炭鉱住宅について「タンジュウ」や「ハーモニカ長屋」といった呼び名も紹介しています。
山間部には平らな土地が少なかったため、一つの建物に複数の世帯が暮らす長屋形式の住宅が多く造られました。
現在残る弥生地区の赤い屋根も、こうした炭鉱町の住宅文化を知る手がかりになります。
新桂沢ダムの帰り道で見つけた赤い屋根
今回の弥生地区の取材は、事前に計画していたものではありませんでした。
この日は新桂沢ダムを取材し、その後、三笠市内へ戻る途中でした。
そこで、道路沿いに長く続く赤い屋根が目に入ったのです。
周辺の景色の中でも、同じような屋根と煙突が並んだ建物は目を引きました。
「これは何か歴史のある建物なのかもしれない」そう思い、写真に残しておきました。
道路沿いに長く続く住宅
最初に撮影したのは、道路から見た住宅全体の様子です。
建物は横に長く、赤い屋根が連続しています。
屋根には複数の煙突があり、一つの大きな建物の中に、それぞれの住まいが並んでいたことを想像させます。
周囲には草木が広がり、その奥に赤い屋根が続いていました。

赤い三角屋根と色の異なる煙突
建物の特徴をもう少し詳しく見てみました。
屋根は急な勾配を持つ三角形で、赤い屋根材が使われています。
一部には色が変化した部分もあり、長い年月が経過していることがうかがえます。
さらに目を引いたのが煙突です。
写真では、赤茶色の煙突や緑色の煙突が並んでいる様子が分かります。
北海道空知総合振興局の資料でも、煙突の形状や色は弥生地区の炭鉱住宅の見どころとして紹介されています。

住宅の周囲には背の高い草木が広がっていた
別の方向から撮影すると、住宅の周囲には背の高い草木が広がっていました。
建物の外壁や窓、屋根の様子なども道路側から確認できました。
一見すると使われていないように感じる人もいるかもしれません。
しかし、草が生えていることや建物が古く見えることだけで、空き家や廃屋だと判断することはできません。
実際、北海道の公開資料では、弥生地区の炭鉱住宅について居住者がいる住宅として紹介されています。
現在の各棟の利用状況については確認していないため、この記事では外観から分かったことだけを記録します。

炭鉱住宅から見えてくる、もう一つの三笠の歴史
三笠市には数多くの炭鉱遺産が残されています。
例えば、旧幌内炭鉱変電所や旧幾春別炭鉱錦立坑櫓などは、炭鉱がどのように動いていたのかを伝える建造物です。
石炭を掘り、地下から引き上げ、設備を動かす。
そうした炭鉱の仕事を知るうえで、貴重な存在です。
一方、今回の弥生地区の炭鉱住宅は、少し違う視点から歴史を伝えてくれます。
それは、炭鉱で働く人々の生活です。
炭鉱で仕事を終えた人々は、住宅に帰り、家族と食事をし、次の日の仕事に備えていたのでしょう。
子どもたちも暮らし、近所の人同士で交流し、日々の生活が営まれていたはずです。
もちろん、今回の写真から当時の具体的な生活の様子が分かるわけではありません。
それでも、赤い屋根が連なる住宅を見ることで、かつてここに人々の暮らしがあったことを実感できます。
炭鉱は仕事場だけではなく、一つの町をつくっていた
炭鉱の歴史を調べていると、採掘量や開鉱・閉山の年、立坑櫓の規模などがよく紹介されています。
しかし、炭鉱で働く人々の家や暮らしも、同じくらい重要な歴史です。
三笠ジオパークでは、炭鉱住宅の多くが複数世帯で暮らす長屋形式だったことや、共同の設備を使う生活があったことも紹介しています。
今回見つけた住宅は、1960年代後半から建てられたものです。
つまり、三笠の炭鉱産業が変化していく時期にも、人々の生活を支えていた建物だったと考えられます。
赤い屋根や煙突には、そうした時代の住宅の姿が残されています。
偶然の発見も、現地取材の面白さ
今回、弥生地区の炭鉱住宅を見つけたことは、街角タイムスの取材を続けるうえでも印象に残る出来事でした。
新桂沢ダムは、事前に調べて取材に行った場所です。
一方、弥生地区の炭鉱住宅は、移動中に気になって撮影した場所でした。
もし、そのまま通り過ぎていたら、この建物の歴史を知ることはなかったかもしれません。
観光地として広く知られている場所だけが、地域の魅力ではありません。
道路沿いの古い建物や、何気なく目に入った風景にも、その町ならではの歴史が残っていることがあります。
「あれは何だろう?」と思った場所を、あとから調べてみる。
今回の取材では、それだけで三笠市の炭鉱の歴史を一つ深く知ることができました。
弥生地区の炭鉱住宅を見学する際の注意点
弥生地区の炭鉱住宅は、一般公開されている博物館や展示施設ではありません。
北海道空知総合振興局の公式案内には、敷地外からの外観見学・撮影は可能ですが、敷地内の見学には所有者などの許可が必要と記されています。
今回の取材でも、住宅の敷地内には立ち入っていません。
道路など、立ち入りが認められている場所から外観を撮影しました。
見学を考えている方は、次の点に注意してください。
- 住宅の敷地内に無断で入らない
- 建物内部や窓の中をのぞき込まない
- 住民の生活や通行の妨げにならない
- 周辺道路への迷惑駐車をしない
- 外観だけで廃屋・空き家・管理されていない住宅などと断定しない
建物が歴史的な価値を持つものであっても、そこは人々の暮らしと関わる場所です。
見学や写真撮影の際には、十分な配慮が必要です。
弥生地区の炭鉱住宅のアクセス・基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 弥生地区の炭鉱住宅 |
| 所在地 | 北海道三笠市弥生桃山町・柳町周辺 |
| 建築時期 | 1960年代後半から |
| 特徴 | 赤い三角屋根、棟続きの長屋住宅、独特な煙突 |
| 住戸構造 | 北海道の資料では1棟6戸建て・各戸中2階 |
| 見学方法 | 敷地外からの外観見学 |
| 建物内部 | 一般公開施設ではない |
| 駐車場 | 見学者向けの専用駐車場は未確認 |
| トイレ | 見学者向けの設備は未確認 |
| 取材時期 | 2026年秋 |
車でのアクセス
北海道空知総合振興局の案内では、道央自動車道の三笠ICから道道116号を三笠・桂沢方面へ向かうルートが紹介されています。
今回の取材では、新桂沢ダムから三笠市内へ戻る途中に、この住宅を見つけました。
ただし、観光施設として専用の駐車場や入口が整備されている場所ではありません。
車で訪れる場合は、周辺の通行や住民の生活に配慮してください。
公共交通機関でのアクセス
北海道空知総合振興局の案内では、JR岩見沢駅方面から北海道中央バス三笠線を利用し、「藤沢町」停留所から徒歩約5分とされています。
バスの経路や運行時刻は変更されることがあるため、訪問前に最新情報を確認してください。
弥生地区の炭鉱住宅についてのよくある質問(FAQ)
Q. 三笠市弥生地区の赤い屋根の建物は何ですか?
かつて炭鉱で働く人々が暮らしていた炭鉱住宅です。北海道の公的資料では「弥生地区の炭鉱住宅」として紹介されています。
Q. 弥生地区の炭鉱住宅はいつ建てられましたか?
北海道空知総合振興局によると、1960年代後半から建てられた住宅です。
Q. 弥生地区の炭鉱住宅は何戸建てですか?
北海道の公式案内では、1棟6戸建てで、それぞれの住戸に中2階が設けられた住宅として紹介されています。
Q. 赤い屋根の上にある煙突は何ですか?
住宅の屋根に設けられた煙突です。北海道空知総合振興局でも、その独特な形状が建物の特徴として紹介されています。個々の煙突の使用状況までは確認できていません。
Q. 弥生地区の炭鉱住宅は廃墟ですか?
廃墟とは断定できません。北海道の公開資料では入居者がいる住宅として紹介されており、今回の取材でも現在の入居状況は確認していません。
Q. 炭鉱住宅の敷地内に入ることはできますか?
所有者などの許可なく敷地内に立ち入ることはできません。見学・撮影は敷地外から行ってください。
Q. 弥生地区の炭鉱住宅は観光スポットですか?
北海道の「そらち炭鉱(やま)の記憶をめぐる」で紹介されている歴史的な見どころです。ただし、一般の住宅でもあるため、観光施設とは異なる配慮が必要です。
まとめ|新桂沢ダムの帰り道で見つけた三笠の歴史
今回、新桂沢ダムの取材帰りに、三笠市弥生地区の炭鉱住宅を偶然見つけました。
最初は、ただ赤い屋根が気になっただけでした。
しかし、調べてみると、そこにはかつて炭鉱で働いていた人々の暮らしの歴史がありました。
赤い三角屋根、長く続く住宅、屋根の上に並ぶ煙突。
何気なく撮影した写真にも、地域の歴史を知るための手がかりが残っていました。
三笠市には、炭鉱の坑口や立坑櫓、鉄道などの産業遺産が数多くあります。
その一方で、炭鉱を支えた人々が暮らしていた住宅も、忘れてはいけない歴史の一部です。
炭鉱の歴史は、石炭を掘った人々の仕事の歴史であり、その家族が過ごした生活の歴史でもある。
今回の弥生地区の取材で、そんなことを改めて感じました。
予定していた取材先ではなくても、気になった場所を写真に残し、後からその歴史を知る。
これも、地域を巡る面白さの一つなのだと思います。
街角タイムス北海道では、これからも実際に現地を歩きながら、北海道の町に残る風景や歴史を記録していきます。
取材・撮影:街角タイムス北海道取材部
関連記事
参考・公式資料
※建築時期や住戸構成、見学条件は公的資料を参考にしています。建物との出会いや現地の景観、撮影状況については、街角タイムス北海道取材部による一次体験に基づいています。

