北海道三笠市本郷町の緑に囲まれた一角に、一本の古いレンガ煙突が残されています。
その名前は、旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突(きゅうそらちしゅうじかん てんごくかんしゃ レンガえんとつ)。
1890年(明治23年)に造られた、高さ約8mの煙突です。
この煙突は、工場や炭鉱の施設ではありません。かつてこの場所にあった空知集治監の典獄、つまり刑務所長の官舎に設置されていたものです。
当時の建物はすでになく、現在は煙突だけが残されています。
今回、街角タイムス北海道取材部では、このレンガ煙突を実際に訪問しました。
周囲は緑に囲まれた静かな場所で、中央には一本の煙突が立っています。
現地の案内板には、かつてこの一帯にあった空知集治監の歴史や建物の配置図も紹介されていました。
この記事では、実際に撮影した写真とともに、レンガ煙突の歴史や見どころ、空知集治監との関係、アクセスなどを紹介します。
旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突とは?
旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突は、北海道三笠市本郷町に残る明治時代の歴史的建造物です。
1882年(明治15年)、この地域には空知集治監という施設が設置されました。
集治監とは、現在の刑務所に相当する施設です。
その責任者である典獄が暮らしていた官舎に設けられたのが、このレンガ煙突でした。
明治23年に造られた高さ約8mの煙突
三笠ジオパークによると、現在残っているレンガ煙突は1890年(明治23年)、典獄官舎が全面改築された際に造られたものです。
煙突の高さは約8m。
使用されたレンガは空知集治監で製造されたもので、煙突も囚人たちの手によって造られたとされています。
130年以上の年月を経た現在も、レンガを積み上げた構造が残っています。

現在残っているのはレンガ煙突だけ
当時、この場所には典獄の官舎が建っていました。
三笠ジオパークの公式解説によると、官舎は平屋建てで、広さは約80坪(約265平方メートル)。
当時の要人が空知集治監を訪れた際には、この官舎に宿泊することも多かったとされています。
しかし、官舎の建物は現在残っていません。
三笠市立博物館によると、空知集治監の建物で現存しているのは、この典獄官舎のレンガ煙突だけです。
つまり、現在目の前にある一本の煙突が、かつてこの地に大きな集治監が存在したことを伝えているのです。

実際にレンガ煙突を見学してみた
今回の取材では、三笠ジオパークのD-04として案内されている現地を訪れました。
緑の中に一本だけ立つレンガ煙突
実際に現地を訪れると、周囲には芝生や大きな木々が広がっていました。
その中央付近に、細長いレンガ造りの煙突が立っています。
現在の景色だけを見ると、かつてこの場所に刑務所長の官舎があったとは想像しにくいかもしれません。
しかし、煙突の存在を知ることで、この土地が明治時代の三笠の歴史と深く関わっていたことが分かります。

レンガを一つひとつ積み上げた構造
煙突に近づいてみると、レンガの質感や積み方を観察できます。
赤茶色のレンガには、色の違いや経年による変化が見られました。
130年以上前に造られた建造物が、現在も当時の姿を伝えていることは印象的です。

煙突の下部には開口部が残る
煙突の下部には、小さなアーチ状の開口部もありました。
開口部の周囲にもレンガが積まれ、内部の一部を確認できます。
かつて官舎で利用されていた煙突であることを、構造からも感じられる部分です。
ただし、この開口部が当時どの設備と接続され、どのように使用されていたかについては、今回確認した資料だけでは特定できません。
古い文化財のため、内部に手を入れたり、レンガに触れたりせず、現地の見学ルールを守りましょう。

現地の案内板から分かる空知集治監の歴史
煙突の近くには、三笠ジオパークの案内板が設置されています。
ジオサイト番号は「D-04」。
案内板には「旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突」と書かれ、初代典獄の人物写真や、かつての施設配置図などが掲載されています。

空知集治監は1882年に設置された
空知集治監は、1882年(明治15年)に設置されました。
北海道では、前年の1881年に月形町の樺戸集治監が設置されており、空知集治監はそれに続く施設でした。
当時の空知集治監では、囚人たちが道路の開削や土地の開墾、石炭の採掘などに従事していました。
特に三笠の歴史と深く関わるのが、幌内炭鉱です。
炭鉄港ポータルサイトによると、幌内炭鉱では1883年から1894年まで、空知集治監の囚人による採炭が行われていました。
北海道の近代化を支えた石炭産業の背景には、こうした囚人労働の歴史もあります。
初代典獄・渡辺惟精とは?
空知集治監の初代典獄は、渡辺惟精(わたなべこれあき)です。
三笠市立博物館では、渡辺惟精の日記を市指定文化財として紹介しています。
また、渡辺は地域の開拓に関わった人物でもあり、空知集治監の設置や開拓事業において重要な役割を果たしました。
一方で、集治監の運営には囚人たちの厳しい労働が伴っていました。
歴史を知る際には、地域の発展だけではなく、その過程で何が起きていたのかにも目を向ける必要があります。
多くの囚人たちが犠牲になった歴史
空知集治監では、北海道の厳しい気候の中で、道路工事や炭鉱などの労働が行われました。
三笠市立博物館によると、そうした労働環境の中で多くの囚人たちが犠牲となりました。
三笠ジオパークでは、空知集治監のあった期間に死亡した囚人が1,000人を超えたことも紹介しています。
現在、三笠市には犠牲になった人々を弔う千人塚史跡公園もあります。
一本のレンガ煙突は、明治時代の建築技術を伝えるだけでなく、こうした歴史を考えるきっかけにもなる場所です。
三笠市指定文化財として保存されているレンガ煙突
旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突は、三笠市の指定文化財です。
空知集治監は1901年(明治34年)に廃止されましたが、レンガ煙突は現在まで残されています。
現地では、煙突の近くに文化財を示す表示や解説板が設置されていました。

旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突のアクセス・基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突 |
| 読み方 | きゅうそらちしゅうじかん てんごくかんしゃ レンガえんとつ |
| 所在地 | 北海道三笠市本郷町 |
| ジオサイト番号 | D-04 |
| 建造年 | 1890年(明治23年) |
| 高さ | 約8m |
| 文化財 | 三笠市指定文化財 |
| 見どころ | レンガ煙突、下部の開口部、歴史解説板 |
| 駐車場 | 専用駐車場の有無は未確認 |
| トイレ | 現地のトイレ設備は未確認 |
| 問い合わせ | 三笠ジオパーク推進協議会 |
| 電話番号 | 01267-2-3997 |
車でのアクセス
旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突は、三笠市本郷町にあります。
日本ジオパークネットワークの案内では、三笠市役所から車で約5分とされています。
車で訪れる場合は、施設名で地図検索すると分かりやすいでしょう。
なお、現地に専用駐車場があるかどうかは確認できていません。
周辺道路や私有地に無断駐車をしないよう注意してください。
公共交通機関でのアクセス
観光情報サイト「JAPAN 47 GO」では、JR岩見沢駅からバスで「三笠小学校」方面へ向かい、下車後徒歩約10分と案内されています。
バス路線や時刻は変更されることがあるため、利用前に最新の運行情報を確認しましょう。
見学時の注意点
レンガ煙突は明治時代に造られた歴史的建造物です。
建造物を傷つけないよう、レンガに登ったり、開口部に物を入れたりしないようにしてください。
また、周囲の土地の利用状況が変わる可能性もあるため、現地の案内表示に従って見学してください。
よくある質問(FAQ)
Q. 旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突は何の煙突ですか?
かつて空知集治監の典獄(刑務所長)が暮らしていた官舎に設けられていた煙突です。工場や炭鉱の煙突ではありません。
Q. レンガ煙突はいつ造られましたか?
1890年(明治23年)、典獄官舎が全面改築された際に造られたものです。
Q. レンガ煙突の高さは何メートルですか?
三笠ジオパークによると約8mです。
Q. 現在も官舎の建物は残っていますか?
いいえ。官舎の建物は残っておらず、現在はレンガ煙突のみが残されています。
Q. 空知集治監とは何ですか?
1882年に三笠に設置された、現在の刑務所に相当する施設です。囚人たちは道路工事、開墾、石炭の採掘などに従事していました。
Q. レンガ煙突は文化財ですか?
はい。三笠市の指定文化財となっています。
まとめ|一本のレンガ煙突が伝える三笠のもう一つの歴史
今回、三笠市本郷町に残る旧空知集治監典獄官舎レンガ煙突を実際に訪れました。
現地にあるのは、緑に囲まれた一本の古い煙突。
かつてそこには、空知集治監の典獄が暮らす官舎がありました。
そして、空知集治監では囚人たちが厳しい労働に従事し、三笠や北海道の開拓を支えていました。
現在、当時の官舎は残っていません。
それでも、1890年に造られたレンガ煙突が、今も静かに立っています。
三笠市の歴史は、炭鉱や鉄道だけではありません。
その発展の背景には、空知集治監と、そこで働かされた人々の歴史もありました。
この煙突を訪れることは、そうした歴史に目を向ける機会にもなると思います。
三笠市の歴史を巡る際には、ぜひこの一本のレンガ煙突にも注目してみてください。
取材・撮影:街角タイムス北海道取材部
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参考・公式情報
※建造年・高さ・文化財指定・空知集治監の歴史は公式資料を参照。現地の景観や煙突の状態は、街角タイムス北海道取材部による現地写真をもとに記載しています。

